スタイルはいつか出尽くす

「最近のゲームがつまらない」と言ってしまう人問題 - ARTIFACT@ハテナ系
kanoseさんの言ってることは正しい。つまり、若くて無知な昔の自分が昔のゲームは面白いと感じたのと同様に、今若くて無知な人にとっては最近のゲームは十分面白いだろう、という事。要は、受け手側の問題であると。
(※もちろん、昔からのゲーマーが生理的に新しいものについていけない、という受け手の問題もあるとは思う。年齢と共に新しいものに対応する能力が漸減し、結果として興味を失いがちになってしまう、というのはどんな分野でもありそうな事だ。)



ただし、正しいのは半分だけで、もう半分も恐らく正しい。そしてそれはkanoseさんが間違っているという事ではない。文章が足らなさ過ぎるのだ。
「最近のゲームは面白くない」と言ってしまえば、それは「最近のゲームは[全ての人にとって]面白くない」というふうに取られてしまう。これは責められない。「最近のゲームは[昔からゲームをやっている人にとっては]面白くない」というふうにきちんと記述すれば良かったのだ。
そしてそれは、おそらく正しい。
おそらく正しい、というふうに言い方が軟弱なのは、これを正しいと考えると、幅広い世代が所有するDS向けに、過去の人気ゲームがしばしばリメイクされている事の説明がつきやすいからであって、最新のゲームを全てチェックしているような人間では私はない。


ただ、音楽についてはわりとチェックしていると思う。で、その上で、最近の音楽はつまらないとハッキリ言いたいわけで、自分の責任だとは認めたくない。
だからゲームで似たような事が言われているとゲームにそれほど詳しくないのに我慢ができなくなって、もしかしたらゲームも音楽と似たような状況ではないのか、とか言いたくなってしまうのだ。


音楽では、というかポップミュージックでは、そのスタイルが出尽くしているのは、ほぼ間違いないと思う。
まずメロディーハーモニー中心の(どちらかというと白人の)音楽があって(ガールポップなど)、黒人音楽の影響でリズム、ビート感重視の音楽へと変わり(ロック、R&B)、アフリカの辺境のものまで様々なものを取り入れ、プリンスやミッシーエリオットらが更に微分化し、最終的にはメロディーは破壊され(ラップ)、メロディーが必要ないからコード感すら必要ないただの音と化す。そして作るものがなくなり過去の音源のコラージュまで出てくる(サンプリング)。という具合に。
以前の、というと漠然としているが10年くらい以上前のポップミュージックには、何やら新しいものが次から次か出てきそうだという雰囲気が確実にあったと思う。そしてその雰囲気を支えていたのは、実際に出てくる音が新しかったからだ。オアシスとかいう退行的なバンドはあったが、レディオヘッドという希望が残っていたし、ダンス系クラブミュージック系はまだまだ元気だった。マッシブアタックやトリッキーなどのトリップホップ、あるいはビッグビートなど、新作となると、どんな音を?、という期待でワクワクしたものだ。このワクワク感こそが面白さの感覚ににつながっていたのではないか


もう今出てくる新しいバンドで、例えば演奏や曲構成に凝ったものであればそれは70年代のプログレと私のなかでは等価である。全作聴いてるのはクリムゾンくらいだから、今のバンドを聴くくらいなら他の70年代のバンドを聴いたほうがいい。ハードなものだったら、AC/DCとツェッペリン以外に聴いてないバンドは沢山あるからそれを聴くし、最近も出てくるちょっと良い曲書くソロ系の人に比べたら、AORの方がまだ魅力がありそう、といった具合(バックの音がチープなシンセなのは困るけど)。
深刻なのは、新しいスタイルが出てこない原因として、決して才能が挙げられるわけではないということだろう。新しいミュージシャンに才能がある人は多い。良い曲は書くし、演奏は皆上手い。ただ、もうどこかで聞いたことがあるよ、というだけなのだ。


恐らくゲームの世界は、ここまでスタイルとして出尽くしてはいないと思う。というか、そこまで語れるものを私はもっていない。ただ、ネットのロールプレイングゲームなどみると、一般人が費やすには相当な無理がありそうな時間と労力が必要になってしまったなあ、と思う。そしてそのネットのロールプレイングゲームの基本的なシステムも余り変化のないものになってしまった。
家庭でのゲームも、少なくともそれぞれのジャンルのなかにおいては相当煮詰まっていて、これ以上は容量を増やすか画面をリアルにするだけみたいな状況になってはいないか、とか考えるのだが。