「優しさ」は、じつは一番遠い

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20080407%23p2への補足。
以前ブコメ問題みたいなものはこれが最後というふうに書いた。だからこれから書くのはあくまで一般論であると言い張りたい。
何しろブコメ問題としては、ヘンな例えを用いるから袋小路なんだよ実態をよく見ればそんなヒドいものではないよ、というkanoseさんの指摘で既に終わってたりするのだ。だから私が、ブコメ問題の例えとしてまたヘンな例えをしてしまうとkanoseさんに怒られてしまう。
あくまでこれは一般的な話なので、ブコメの問題のみに類推して考えないで欲しい。あるいは私の例えを読んで、ブクマ問題でヘンな何かに例えるのは恣意的なものになりかねない、という証左にしてくれてもいい


サンデードライバー」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
私は以前クルマを運転する仕事をしていたが、土日に首都圏、わけても23区内に入るときはかなり神経を尖らせて運転していたものである。ウィンカー無し停車、多車線道路の黄色ライン越し進路変更、指定方向外進行など当たり前の世界。3車線の一番右側からいきなり左折された事もある。
また平日でも気をつけないといけないのは、自転車だ。歩行者も勝手だが、スピードがないから対処できる。自転車は、信号がない交差点でどちらが優先かとか考えずに突っ込んでくる。
私はいちど余りにニアミスだったとき自転車の主を追いかけていって「オレを人殺しにする気か!」と怒ったことがある。このときはバイクだったから追いかける事ができたのだが、言われた方にしてみればとても「優しくない」行為だったに違いない。何の悪気もなく走っていたのにいきなり背中から「お前!」とやられるのだからかなり驚いただろう。
言うまでもないことだが、「マナー」という事では一番なっていないのは初心者である。マナーというのはある程度熟練して身につくものなのだから。教習所の知識だけでは車社会には通用しない。そしてまたアオリ行為云々言われるが、適当に先に行かせればいいだけで、そういう行為に危険性を感じたこともない。
また、車社会に初心者を探してまわってアオったりする車など確実に存在しない。ただ、普通に走っていてたまたま初心者運転に出会ってどう対処するかの違いはある。ドライバーには、クラクションをすぐに鳴らしがちな人もいれば、逆恨みなど恐れなるべく鳴らさない人もいる。
さてどちらが優しいか。個人的な体験からいえば、過去に鳴らされたおかげで相手の怒りを知ることで確実に学んだことも多い。あと数十センチでどう転んでいたか、その恐怖を確実に身に沁みさせてくれたと感じる。


ぜんぜん別の話題。
むかし付き合いはじめて間もない女性に、私製の絵本を見せられたことがある。その女性は絵本作家になるのが夢だった。
で私は「どう思う」といわれて、絵はとてもキレイにできているが話が弱いのではないか、というような事を言った。男女の付き合いに慣れていないせいなのか、本読みの本性が出たというかある程度正直に言ってしまった。あとでもう少し親しくなってから「あのときはかなり凹んだ」と告白された。なんて優しさのない人なんだろう、と思ったそうだ。
「努力の成果」を見せられて困ってしまう事がある。見るべきものがそれほどないとき、どういうふうに言うのが優しいのか。才能ないから止めた方がいい、と言って夢を奪うのは一番優しくないのだろう。またある程度男女の仲が前提となっているときなど、正直に伝えて気を悪くされても困る。私のような失敗は避けるべきかもしれない。
また、本をある程度読む人が辛いのが、本を贈られたり、親しいほどでもないが良く知る人に本を薦められたときだ。読まないといけないのは勿論、正直な感想も言い難い。せっかく贈ってくれた人、薦めてくれた人にただ「つまらなかった」と言うのは、とても優しくない行為である。
このように格別親しくもない知り合い関係はややこしい。我々はより気を使う。それは「優しさ」と言われたりするが、この種の「優しさ」に限っていえば、じつはそれが一番遠いのだ、と思う。一番伝わらない。
全くの他人であったりすれば正直に本当のことを、ときに辛らつに言うことができる。重要なのは辛らつかどうかではない。本当かどうかだ
またかなり親しくなってしまえば、そのときもホントの事が言えるようになる。「なんでそんなつまらない番組見てるの」とか平気で言えるようになるのだ。
私自身自虐的な部分があるから参考にならないかもしれないが、私は自分が何か書いたとき、何の賛辞もなくても良いと思う。ただ本当の反応は知りたい。連帯を求めて孤立を恐れずということばがあったが、「優しさ」を求めて本当を隠す、では、私にはそれは意味のない世界だ。