結論はすでに出ている

そもそもこのエントリは一ヶ月に一回くらいは何か書いておこうというエントリなので、非生産的かもしれない。
で、これなんだが。
以下のような会話が例に出される。

Aさん「この前、買うって決めた商品ね、Aデパートで買うと2000円、Bスーパーで買うと980円だったよ。だからスーパーで買おうね!」
・・・・・・以下略


これにて「Aさんの主張は「スーパーで買おう」という結論にある」というのは間違っている。Aさんは、わざわざAデパートの値段をもちだしたのだのだし(しかも具体的な値段をもって)、「デパートよりスーパーの方が常に安いものだからBスーパーで買おう。」という話をした訳でもない。Aさんの主張はあくまで「(たんなる)スーパーで買おう」ではなく「スーパーで買おう」である筈だ。


同じように主張が「スーパーで買おう」であっても、現実によりありそうな以下の会話ではどうなるか。
A「Aスーパーでは980円、Bスーパーでは900円だったよ。だからBスーパーで」
B「いやAスーパーは1000円以上していた」
C「いや私が見たときは950円だった」
A・B・C「もしかしたら今行ったらBスーパーより安くなってるかもしれないぜ」
となって結論はすぐには出せなくなる事があるかもしれない。全く同じように「文章の前段はそのための理由に過ぎない」のだけど、どうしたのだろう?


前段階」が「細かい」かどうかは誰が決めるのか。


ある自動車会社の役員会でこんな会話があったとする。
A役員「12月の新車売上げですが前年同月比で3割減です。」
B役員「いや私のところに入ってきている数字では2割減でとどまってます」
A役員「どこからの情報ですかそれは」
・・・・・・
この会社に属していない多くの人にとっては、3割減だろうが2割減だろうが細かい話になるのだろうが、この会社の社長が「どこからの情報だっていいじゃないか要するに減ってるという事だろう」なんて片付ける事はないだろう。会社にとって1割というのは大きすぎる数字だ。


結論に関係ないことにこだわる人」とは議論できないなどとのたまう人と議論する事こそが「時間を空費」する事ではないかと思ったりする。なぜなら、前段階が細かいかどうかの判断においてすでに結論は出てしまっているのだから。


ついで。
不動産業界が悲惨なのは上場会社がつぎつぎ倒産していることで誰もが知っている事だが、私が興味あるのは「ニコタマの何がどう具体的に悲惨か」だったりする。